妙昌寺は、日蓮宗の大本山・池上本門寺の末寺として、その本山の第四世の貫主、いわゆる住職であった日山上人によって創建されました。
お寺は室町時代の永和元年(1375年)に開創されてから江戸時代の始めまで幸町にありました。しかし松平伊豆守信綱の命による川越城の大規模な改修をきっかけに、寛保元年(1741年)に現在地の三光町(旧浅場孫兵衛侍屋敷跡地)に移築され、長きにわたって歴史をつないできました。
その後は、平成4年(1992年)に本堂・客殿を新しく建て、平成14年(2002年)に弁天堂の改修や境内の整備を行いました。ご本尊は三宝尊です。
妙昌寺では、土用の丑の日に「ほうろく灸」という、ユニークな伝統行事が行われます。
ほうろく灸とは、素焼きのお皿に火をつけた大きなお灸を置き、それを頭の上に乗せ無病息災、身体健全を祈願する行事です。その由来は、炎天下で暑さ負けした武将が、兜の上から灸をすえたところ、たちまち全快した言う逸話から来ているそうです。
川越ではウナギのお店も多いので、暑い夏には土用丑の日にはウナギを食べ、ほうろく灸をセットで行えば、夏バテ知らずで夏を乗り越えられそうです。
また、妙昌寺は、その昔は蛍の名所としても知られていたそです。
妙昌寺の見どころ・おすすめスポットは以下の3点です。
小江戸川越七福神巡りの最後を締めくくる妙昌寺は、平成4年に本堂と客堂が新しくなり、綺麗な外観を楽しめる住宅街の中にある小さなお寺です。
外観は静かなお寺といった感じですが、本堂を覗くとその美しさに圧倒されます。参拝の時に覗いてみると、外観からは想像もできない綺麗な本堂に驚きます。また、本堂の右側には弁財天の木彫りの像が祀られています。
人々が生活する空間の中にあることもあり、人の温もりが漂っているのもこのお寺の魅力です。心が少し疲れたときに訪れると、温かなエネルギーをたくさんもらうことができるお寺です。
妙昌寺を訪ねたら、屋根の部分にも注目して見てみましょう。屋根の形が、まるで翼のようなきれいな形をしています。内側、横側から見ると歌舞伎座の屋根に似ている感じがします。
また、妙昌寺は高台の上に建っていて、かつてはこの場所から富士山が見えたそうです。
このお寺には「妙昌寺富士眺望之図」という絵が残されていて、それによれば川越市内でいちばん美しい富士山を見られる場所だったようです。
江戸時代、妙昌寺高台からの富士山の眺望は、市内随一と言われ、広く歌にも歌われるほどでした。しかし、残念ながら今は高いビルなどが増えてしまった為、当時の面影を見ることはできなくなってしまいました。本堂で参拝を行ってから、境内さんぽを始めましょう。
入口から参道を通り本堂の左手から裏へ抜け、坂を下ると弁財天のお堂があります。妙昌寺は、小江戸七福神めぐりの第七番であり、七福神で唯一の女神である弁財天を祀っています。
弁財天は、弁舌・芸術・財福・延寿を授けてくださる神様で、もともとはヒンドゥー教の女神です。「サラスヴァティ―」と呼ばれるインドの聖なる川の、水の女神として信仰されていました。
そのため弁財天は、池や川のほとりのお堂に安置されることが多いです。仏教では弁才天と書き、弁の才つまり言葉の才能を持つ神として知られるようになりました。そのとき名前を漢訳で「弁才天」または「辨才天」と訳されたのち、現在の弁財天という名前になったそうです。
このことが由来して、弁財天は学芸や音楽、知恵などの神様として日本にも伝わりました。弁財天は吉祥天という神様の異名とされ、この2神はしばしば同一視され、ともに弁天と呼ばれます。伝承や時代の変化によってさまざまな姿形で表されてきた神様です。昨今の弁財天は、艶やかで美しい女性が楽器の琵琶を抱えている姿が一般的に知られています。
「妙昌寺の見どころ」で弁財天が祀られているお堂をご紹介します。
本堂の脇を抜け坂を下ると、経ヶ島辨財天を祀った弁天堂が見えてきます。このお堂の中には、川越七福神めぐりの第七番である弁財天が祀られています。この弁財天は、室町時代にその当時の地頭(地域の管理者的な存在)が小石に法華経を書写し、塚を築いて弁財天を祀って守護神としたのが始まりだそうです。
このお堂の裏手には川があるのですが、経ヶ島辨財天(きょうがしまべんざいてん)の名前
の由来にまつわる逸話が残されています。
その昔、お堂の裏手にある赤間川(現在は新河岸川)が頻繁に氾濫し、周囲に多大な被害をおよぼしていたそうです。
川の氾濫を鎮めようと、当時の地頭が小石に一文字ずつ法華経を書き記したものを塚の中に埋めました。その塚の上にお堂を建て、もともとはインドの水の女神であった弁財天を祀り、その地の守護神としました。
弁財天を祀るようになってから、不思議なことに川の氾濫が起こらなくなったそうで、それからこのお堂のことを「法華経のお経の島の弁財天」ということで「経ヶ島辨財天」と呼ぶようになりました。
池や川のほとりのお堂に安置されることが多い弁財天は、水音から音楽の神様として、琵琶を奏でる姿の像が一般的ですが、妙昌寺の弁天堂に祀られている経ヶ島弁財天は、八臂(八本の腕)に各種の武具を持つ姿で表されています。
経ヶ島辨財天という名前の由来もとても興味深いですが、このお堂の見どころはそれだけではありません。
弁天堂でお参りをした後、御朱印をいただく前にお堂の横側へまわり壁を見上げると、漆喰に「こて絵」と呼ばれる左官職人さんの繊細で美しい装飾が施されています。題材は弁財天や浦島太郎などが描かれています。漆喰のみで作られた弁財天や富士山、浦島太郎などの姿は今にも浮き出してきそうです。こてで作り上げたとは思えないクオリティにビックリしました。妙昌寺にお参りする際にはぜひ見ておきたい注目スポットです。
暑さが厳しくなってくる土用の丑の日に毎年、「ほうろく灸」という妙昌寺ならではの面白い伝統的な行事が開かれます。
お灸に使われる大きなもぐさに火をつけ、素焼きのほうろく皿の上に乗せたものを頭の上に置き、暑さを我慢することで頭痛や夏バテの予防になるとか。健康や無病を祈願します。
夏の暑さの中で熱々のお灸をのせるとという一見驚きの方法なのですが、昔の武将が炎天下で暑さにバテててしまった際にカブトの上からお灸をすえたところ、それまでの不調が嘘かの様にすっかり回復したといわれています。
そのことから、明治時代から「ほうろく灸」という名前で現在まで続いており、妙昌寺を代表する行事として東京方面をはじめ近郷近在からの参詣で早朝からにぎわいが続き、多くの人から人気を集めています。妙昌寺の名物行事として、多くの人々に親しまれています。
妙昌寺の水琴窟は弁財天のお堂の前にあります。
柄杓に水を汲み、甕の中に水を注ぐと、下が窯になっていて、水琴窟の下にある石のあたりから聞こえます。しゃがんで耳を傾けるとピチョンピチョンと涼しげな音が聞こえます。
妙昌寺の御朱印は、本堂右手にある寺務所でいただくことができます。小江戸川越七福神めぐりの弁財天の御朱印の他に、御首題もいただけます。
日蓮宗ではいわゆる「御朱印」である妙法と、日蓮宗のみのご朱印帳に授かれる「御首題」の2種類があります。御首題には南無妙法蓮華経というお題目が書かれています。まるで文字がヒゲのようにはねたり伸びていることから、「ひげ文字、髭題目」とも呼ばれています。
初穂料は御首題が300円、弁財天の御朱印が200円です。2ヶ月ごとに頒布される、弁財天の限定御朱印は700円です。
日蓮宗のお寺では、
1.日蓮宗のみ御朱印帳・・南無妙法蓮華経(御首題)
2.他の宗派、神社の御朱印が混ざった御朱印帳・・妙法(御朱印)
上記の対応で頂けるケースが多いのですが、「2」の場合、お寺によっては御朱印自体を断られてしまうこともあります。日蓮宗のお寺に行くときは、日蓮宗専用の御朱印帳(御首題帳)を準備しておくと安心です。
御朱印ブームに理解のある日蓮宗のお寺の場合は、御朱印帳に御首題も、御朱印も書いていただけるケースもあります。もちろん例外もたくさんあり、近年はコロナウイルス感染防止の為、御朱印帳への直書きは控え、書置きの御朱印をいただくケースもあると思います。
お寺によって考え方もさまざまです。心配な場合は、事前にホームページで確認するのが良いと思います。
私が参拝した際に、ご住職がコロナウイルスの撲滅を願い、心を込めた描かれた御首題(無料)をいただきました。

